部屋でアジアの写真集を見る。
いつしか、私は時間をつぶす術をいくつも抱きかかえていた。
携帯電話が鳴る。
あの人からのメールであることがメロディで分かる。
写真集から目を離すことが怖かった。
癌が再発したあの人から。
『今度の週末に会えるかな?』
いつも遠くから私のところまで、やってきてくれるメール。そしてあの人。
震える指でメールを打つ。
『いいわ。待っています。』
再発の危険性をいつも抱えながらも、私をくったくのない笑顔で迎入れてくれる人。
まだ、どこに癌が再発したのか聞いていない。
あの人が教えてくれない。
癌は転移する。
どこに再発したのだろう。
胃? それとも別の場所?
私もネットで胃がんのことを調べた。
初期の発見なら5年生存率が高いこと。
でも、転移したら今度は手術だけでなく抗癌剤治療も必要になるだろうということ。
癌が転移していたら、転移が見つかった場所だけでなく、まだ見つからないほど小さな癌が体のどこかに潜んでいる可能性がある。
だから、手術で見つかった場所だけでなく、抗癌剤を使い、体中に潜む癌細胞を殺す必要があるらしい。
どこか、遠い国の話しと思っていたのに。
今の私にできることは、希望を失わないことだけ。
現実を見据え、それに立ち向かうだけ。
涙は見せない。
風が窓の外に見える樹木の枝を揺らしている。
私もいつか、この地上から消える。
あの樹木たちが、残っているだろう100年後。
私はいない。
遠くに見える山と雲。
500年後にも、あの山と雲は存在するだろう。今までそうだったように。
アジアの仏像。ヨーロッパの芸術。アフリカの古代文化。各地に伝わる民話、民謡。
千年単位で想いを走らせる。
これから生まれてくる子どもたちがいる。
「時間は遥かな未来まで繋がっているんだわ。」
言葉が口をついて出てくる。
私に残せるものが有る。
本を閉じ。
パソコンのスイッチを入れた。
そして、二人の記録を残すために、サイトを立ち上げるためにネットに繋いだ。
私は二人の出逢いを思い出し、文字を入力した。
白く光るディスプレイに向かって。
私とあの人が生きてきた証として、どんなに辛いことがあっても書き続ける。
『「僕と同じだ」と言って、あの人は「風の歌を聴け」を見せた。
「そうですね。……私達、同じですね。」
こうして、私たちは出あった。 病院の総合受付の前で……。』
(上へつづく)