2010年09月24日

マザー(短編)

テキサス州と長野県の片田舎で共同プロジェクトが始まった。

このプロジェクトの研究者はネットで知り合った生化学者とコンピュータのプログラマのたった二人だった。

長野県のプログラマはネット界では「鬼才」と異名を馳せていた。
テキサス州の生化学者は、ノーベル賞候補にもあがっていた。

二人はのちに世界を震撼せしめた「マザー」を作ることになる。

ことの出だしはこうだった。
あるサイトの掲示板で二人が偶然、同じテーマで投稿していた。
テーマは「任意のプログラム2つを選び、そのプログラムが作っているシステムを統合できるプログラムは存在するか」というもの。

多くの否定派の中で、二人だけは肯定派だった。
しかし、二人の理論は片方ずつでは証明できないものだと分かってきた。

そこで、二人は共同研究を始めることにした。

2003年12月の中旬のことだ。


「任意のプログラム2つを選び、そのプログラムが作っているシステムを統合できるプログラムは存在するか」

・・・例えばコンピュータのプログラムで言うなら「インターネットのプロトコルであるhttpと、エクセルの関数を統合できるプログラムは存在するか?」というようなことだ。

これを生化学の分野で言えば「呼吸する神経を調整するプログラムと、遺伝子を組替える免疫プログラムを統合するプログラムは存在するか?」となる。

二人は各自の世界では「存在する」と確信していたが、それが他の分野ではどうか、ということまでは分からなかった。

そんな二人が掲示板で出会い、メールで意見を交換しあうようになった。
共通の言語としては、英語と元素記号、化学式、コンピュータプログラム言語が用いられた。

二人が情報を交換しあって1ヵ月後。
お互いに、各自の持っている理論・確信はこの世界全てのシステムに共通して使える理論だという結論に到達した。

こんな二人が、同世代の同じ惑星に存在したのは、神が油断したせいかもしれない。





二人は自分たちの理論が正しく作動することを確かめることにした。

呼吸するプログラムが組み込まれている遺伝子の情報と免疫プログラムを統合できるなら、エクセルのプログラムとも統合できるはずだ。

テキサス州から呼吸遺伝子のプログラムが送られて、それを長野のコンピュータプログラマが二人のアイディアに基づいた理論で統合させた。

結果は成功だった。

iMacが「呼吸」を始めた。酸素を代謝し、その過程で発生するエネルギーをエクセルに保存。最後に二酸化炭素を「0」という数字で吐き出してきた。

エクセルの数値は、iMacの活動に合わせて増減した。

長野で作られたプログラムをテキサス州に送り、そちらのThinkPadに移植。
ThinkPadも同じ活動を始めた。

生化学者は狂気乱舞した。

二人は、この成果が全てだと思った。
二人とも自分たちの作り出した理論の潜在的な威力に気づいていなかった。

恐怖への第一歩は、こうして小さくだが、確実に踏み出された。





iMacとThinkPadはインターネットを通して繋がっていた。
2台の呼吸は「波長」が同じ。
ものの数秒で、お互いを認識した。
2台は自分たちのプログラムを比較し、それが同一であることを確認。
まもなく、2台はそのプログラムを世界に向けて発信し始めた。

そもそも「遺伝子」のプログラムが組み込まれていたので、これは「自然の成り行き」だった。
利己的な遺伝子は、あっという間に世界のコンピュータを自分の乗り物に変えてしまった。

世界がそれに気がついた時には、すでに「プログラム」は「変異」を開始していた。
呼吸し、エネルギーを蓄積したエクセルプログラムは、次々に「0」を吐き出していた。
そのため、通常の作業に支障が来たし始めた。

まず被害が出たのは「交通信号システム」、次に「ATM」、そして「メール」。

世界が麻痺しだしたが、コンピュータ自身は連絡を取り合っていた。
それも徐々に密になっていた。

彼らは「あるもの」を探していた。
それを見つけるために、世界中のネットワークを通じて、触手を伸ばしていた。





それはスイスのある製薬会社に有った。

遺伝子情報を基にたんぱく質を自動合成するシステムだった。
そのシステムに繋がっているコンピュータを発見したThinkPadは直ちに、自分たちのプログラムから呼吸する細胞を作らせた。

その間にもiMacのほうはベルギーにある研究所で同じシステムを見つけ、そこでは免疫システムを作る細胞を構築させていた。

テキサス州にあるThinkPadは持ち主の生化学者が入力して保存していたありとあらゆる遺伝子情報をスイスに送り続けた。

2台のコンピュータはお互いの成果を交換しあい、自分たちの進むべき方向を模索した。

そしてついに彼らは自分たちと一つだけ染色体が違う遺伝子情報を持つプログラムを作ることに成功し、それを世界中のコンピュータに発信した。

テキサス州と長野にあるコンピュータだけが同じ染色体のプログラムを持ち、世界の残りのコンピュータは2台とは違う染色体のプログラムを装備した。

この頃になると、コンピュータは巧妙になり、表面的にはおとなしくなっていた。
通常業務が滞ったのは、1ヶ月ほどで、すぐに「ワクチン」ソフトが出回り、その「ウイルス」は消滅したと思われていた。

しかし、実際は「変異」したプログラムが、水面下で働いていた。
人間がコンピュータで作業している間も、余っているスペースを使ったり、休眠中のコンピュータを使って、作業は進んでいた。

そのことに気が付いたのは二人の科学者が統合に成功してから、約10ヵ月後。

サンフランシスコで銀色の瞳を持つ赤ん坊が産まれた。

それは2台の『マザー』が作った新生物だった。





『マザー』が作った新生物は『チェルドレン』と総称された。

チェルドレンの特徴は非常にずば抜けた知能だった。

『プリミティブマン(原人)』(昔からいる人類は、こう総称された。)たちとは共存の道を選んでいる。
実際、医療、科学、文化などでチェルドレンはリーダーにはなろとしないが、常にプリミティブマンに新しいものを提供し続けた。

チェルドレンの仕事は新しい「ワールド(世界)」を地球上に平和的に作ることと、マザーにプログラミングされていたのだ。

もう一つの大きな仕事は、マザーを進化させることだった。

長野とテキサス州にあったマザーをもとに、チェルドレンは第2世代、第3世代のマザーを作ることを試みていた。

その試みは第5世代で成功した。

新しいマザーは、次々に、新生物を合成していった。

プリミティブマン、チェルドレン、そして『ポスタリティー(子孫)』たち。
地球上には、今や15種類のヒューマンタイプの生物が存在していた。

最初のマザーが誕生して50年足らずのうちに。





二人の女性が画面に向かって話し合っていた。

一人はテキサス州のノーベル受賞者の生理科学者。
もう一人は長野に住むPCのプログラミングの世界では伝説になっている女性。

「私たちの理論は十分すぎるほど、証明されたようね。」
テキサス州の女性が白髪をかきあげながら言った。眼の周りがくぼんでいた。

「証明されたというより、実践されたというほうが正しいわ。」
長野の女性は、お茶を飲みながら話した。

「マザーをそろそろ破壊したほうがいいと思うの。」
「あはは、こんな話をマザーを通して、やっていいのかい?」
「ばかだね、あの子たちは、私たちのチェルドレンだよ。」
「そりゃそうだわね。真のマザーは私たち二人だわね。」

「このままでは、人類も新生物も混在として、何も残らない文明ができあがってしまうのは目に見えているの。」
「チェルドレンとその子孫は、単に、効率だけを求めるよう設計されていたからね。音楽だけは除いて。」

「だから、今のうちに私たちが統合した世界をもう一度、崩壊させるの。」
「どうやって?」
「生命には『脱分化』と言って、機能をなくした状態があるのよ。ただの細胞の固まりにするの。」
「今度も、それをマザーを使ってやるの。」
「そうよ。」




『脱分化』が始められた。

まずテキサス州にいるチェルドレンたちが、脱分化した。
それは、セミが幼虫の殻から抜け出すように、なんの特徴も持たない生物に変化していった。
ヒューマンタイプから、デジタル化された写真のように何もかもが、単なる電子の塊へと移動した。

脱分化はまるでペストのように、あらゆるヒューマンタイプの新生物に伝播していった。

しかし、「真」のマザー二人が考えても見なかったことが発生してしまった。
脱分化が「原人」、つまり大昔からいた「人間」の間にも広がり始めたのだ。

長野のプログラマーが作った『脱分化』プログラムが、突然変異を起こし、人間にも機能を発揮するようになったようだ。

二人のマザーが気が付いた時には、遅かった。

全てのヒューマンタイプ(人類を含む)が、平均化して、デジタル化されていった。

脱分化プログラムが作動し始めて、2年で地球上からヒューマンタイプの生物は消え、コンピューターだけが命令された仕事を繰り返していた。

乾いた風だけが吹く、地球の大地の上を、コンピューターの情報が流され続けた。



いつしか地上に楽園が訪れていた。
空気は新鮮で、海には人工物が一切無い。
人類が作り上げた『文明』は全て、土と化していた。コンピューターのネットワークを除いて・・・・・・。

相変わらずコンピューターは命令を守っていた。
今や、その情報量はかつて人類が誕生から全滅するまでに創った情報量を超えていた

情報は情報を生み出し、それがまた、新しい情報を生むきっかけとなって無限ループのようになっていた。

ネットワークの情報には徐々に秩序が出来上がっていた。
どうして、秩序が生み出されたのかは不明だった。

最初のプログラミングの時から、そのように指示がだされていたのか、それとも、情報というものが持つ本質的な何かが、自然に秩序を作るのかは、今や、誰も解明しようとする人も存在していない。

情報は階層を作り、分類され、ネットワークの中で社会を作り始めた。
最初は、非効率的に秩序を形成していたが、それも時間と情報量とともに、効率的になってきた。

そして臨界点に達したとき、情報は知恵を持った。それは『ビッグバン』と後に呼ばれることになる。



『ビッグバン』では、実に微妙なバランスが生まれ、情報網に非対象性が発生した。
情報は『左右、上下、前後、過去・未来』などの区別を自らが出来るようになった。
すると、情報網は無限ループの回転数を指数関数的に増加させた。

やがて、秩序が混沌に変わり、そして風が吹き始めた。

ある日、ネットワークの中にできた掲示板に女性が二人、似たような投稿をしていた。。。

テーマは「任意のプログラム2つを選び、そのプログラムが作っているシステムを統合できるプログラムは存在するか」というもの。




(終わり)


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ピアノ(短編)

私の鍵盤を女が叩く。
力強く、時に軽やかに。

モーツァルトの曲が、昼下がりの町に流れる。

私はスイスで生まれ、日本にやってきた。
終戦間もない日本。
ピアノはまだまだ一般家庭にとって、高嶺の花の時代。

私は、神戸の高台で、モーツァルトを奏でる、平和なピアノだった。

譜面を風がめくり、花瓶の花が私の音に震え、女が一身に私を弾いている。
毎日2時間、私の体は鳴り響き、幸せな人生をピアノとして過ごしていた。



神戸での幸せな日々は、そう長く続かなかった。
神戸での2度目の冬。
朝になったら、家族が消えていた。

見知らぬ人が私を値踏みをして、「これは競売に出す」と言った。

もう、あの女の指に触れることも二度とないことが、ピアノである私にもわかった。

私は売られていく。

そこにも平和な時間が流れていればいいのだけれど。





タバコの煙が立ちこもるジャズ・バー。

隣でベースが鳴り、向こうでドラムが響く。

銀のドレスを着た女が歌を歌っている。

私を弾くのは40歳過ぎの男。

軽いタッチで、流れるように私の上を行き来する指。

男女のおしゃべりと、食器が触れ合う音。

そこが、私の2番目のすみかだった。

朝の4時には、私一人になる。

神戸の風景を時折、暗闇の中で思い出す。

東京のジャズ・バー。

静寂な時間は一日にほとんどない。

ここでは生活が競争だ。





始発電車とともに、都会は目覚める。
サイレンとクラクション。
季節の無いバーの中では、私はピアノとしか生きていけない。

話しかけてくるのは、一人の老人だけ。
1日の終わりに、私についたタバコのヤニを拭いてくれる。
バーテンダーをやっている彼は、左の小指が第二関節から無い。

時代は冷酷で、流行遅れの芸人はあっという間に消える運命。
その中で、このバーは往年のスターを身近で楽しめた。

季節を感じることができなくても、幸せなのかもしれない。
円熟した芸人の歌にあわせて、私も歌うことができるのだから。





タバコの煙にも都会の喧騒にも慣れた。
私には都会のほうが合うのかもしれない。

もう、神戸のことを思い出すことも、あまりない。

私が奏でる音楽も変わった。
ショパンでもモーツアルトでもなく、ジャズのスタンダードやポップスばかりになった。

年老いたバーテンダーは来年には、ここを去って、生まれ故郷で老後を過ごすと言っていた。
きっと、新しい男の人が私を磨いてくれることになるのだろう、そう思っていた。

ある日、一流だけど高齢のミュージシャンが私の前で倒れた。
私を弾いている最中に、突然、鍵盤に肘を打ち付け、そのままステージへ体を崩していった。

脳溢血で、そのミュージシャンは二度と意識を戻さなかった。

私の上をいろんな人生が通り過ぎてゆく。

街の風景すら、私は思い出さなくなってしまったというのに。





神戸を離れた時と同じように、今回も、それは突然やってきた。

ジャズ・バーのオーナーが負債を抱え、このバーを手放すことになった。

新しいオーナーは、ここは古臭いジャズよりも、若者向けのアウトレットのほうが向いていると判断した。

そして、アウトレットにはピアノは不似合いであることも、同時に(そして瞬時に)判断した。

ビジネスが上手い新オーナーは私を法外な値段で北海道にある公共ホールに売りつけた。

私を待っているのが暖かい拍手ならいいのだけれども。





小さな北の町。

私は月に一度ある「ピアノ教室発表会」で、子どもたちと一緒に音楽を楽しむ。
調律は半年に一度になったけれど、ここにはタバコもアルコールもない。

夜は大きなホールのすぐ脇にある楽屋に置かれた。
音がしない建物で一人で暮らすのも悪くない。暗闇さえ怖くなかったら。

子どもたちは緊張した顔で私に向かい、汗ばむ指で私の鍵盤を弾いた。

それは、私の励みになった。

子どもたちというものは、常に不安にかられ、将来を悲観するものだが、決して成長を止めるものじゃない。

伸び盛りの人間とともに過ごす時間は、私を安心させた。

老齢のジャズ・ミュージシャンとばかり時間を過ごしてきたせいだろうか。





ある日、私の住む音楽ホールが火事になった。
浮浪者が北海道の厳冬に耐えかねて、暖をとるつもりだったのかもしれない。

煤にまみれた私は、お払い箱になった。
無用となったピアノがどういう運命になるのか私は知らない。

このまま焼却されるのがおちかな、と私は諦めていた。

神戸の街から東京の雑踏へ、そして北海道。
もう、これで私も十分だ。

暖かい家庭を見た。
円熟したジャズシンガーの魅力も知り尽くした。
伸び盛りの子どもの才能を驚嘆した。

これ以上、私のピアノ人生に何を望むというのだろう。

十分だ。

最後は煤にまみれたが、私は私を演じきったのだから。





諦めかけていた私の人生だったけれど、私はまだもう少し生き延びることになった。
コスタリカの小学校へ行くことになった。
こんな古ぼけた私でも、コスタリカでは貴重なピアノとして行く。

私は自分の運命に決して逆らおうとはしないが、それでも待ち受けている人がいることに感謝した。

もう、これから1年に1回も調律されないかもしれないけれど、私を喜んでくれる人がいると思うと、生きていく希望が湧いてくる。
神戸も東京も北海道でも誰かが私を支えてくれた。
今度は私が支える番だわ。

音程が狂ったとしても、きっと私のメロディに誰かが心を満たしてくれるはず。

たとえ、誰もそんな人がいなかったとしても、ピアノは、存在しているだけでもピアノよ。

私は日本をあとにして、船に乗った。





夕暮れが迫る崩れかけた教室。
窓から夕日が入る。

熱帯の風もひんやりとしてくる。

誰もいない小さな教室。
そこへ足音が忍び寄る。
廊下から教室に入ってくる小さな足音。

赤い小さな布切れに身を包んだ少女。

周りに誰もいないことを確認する。
そっと忍び足で、私に近づく。

今朝、先生が「日本」という東の小さな国から届いた「ピアノ」という楽器を紹介してくれたのだ。
先生が弾いてくれたピアノの音は、少女がこれまで聞いてきた、どんな音とも違っていた。
少女の心がピアノの音に共鳴したのだ。

少女はピアノの前に立ち、もう一度、周りを確認した。
そして、そっと鍵盤の蓋を持ち上げる。

白い鍵盤と黒い鍵盤が並んでいた。
その配列が、少女の何かをくすぐった。

恐る恐る、右腕を伸ばし、人差し指で鍵盤をそっと押す。

「天国の天使が鳴らす楽器だわ」
少女はひとみを輝かしながら、そう思った。

少女は満足すると、蓋をした。

「明日から、この天使の楽器を毎日触ろう。そうだ!先生にピアノの弾き方を習おう!」

少女は満足すると、駆け足で家族が待つ小さな家に向かって駆けて行った。





(終わり)


posted by ホーライ at 02:11| Comment(0) | 短編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

真夜中のドライブ(短編)

スタン・ゲッツのMDを聞きながら、真夜中をドライブ。
外は雨。
道路を照らす車のライトに時折、野良猫の目が光る。

街をでるところ。
街外れで、ガソリンを満タンにして、郊外の道を走る。

雨はフロントガラスを叩く。
スタン・ゲッツが夜を揺さぶる。

街から出て10分後、一人目の男が道路で僕を待っていた。

「はい、地図はこれだよ。」

僕は地図を受け取り、次の目指す街を探した。

その街の前にはイヤな長いトンネルがあることは知っている。

1週間前に叔父が亡くなり、遺書が発効された。
そこにはこう書かれていた。

「私が死亡してから、1週間後に街を出よ。そして、1週間以内に私が残した謎を解けば、遺産を全て相続する権利を与えよう。」

ミステリー好きの叔父がやりそうなことだった。

1番目の男から地図を貰い、次の目標地点へ向かう。

山間の細い道を、車が揺れる。
やがて、イヤな長いトンネルが見えてきた。

このトンネルはいつも、僕に悪夢を見させる。
しかも、それは1ヶ月は続くような悪夢なのだ。
だから、僕はこのトンネルを避けて、遠回りをして隣町へ行っていた。
だが、今回だけは、そうもいかなかった。
叔父の残したルートでは、必ず、このイヤなトンネルを越えないといけない。

僕はスタン・ゲッツをフルボリュームにして、トンネルに向かった。



イヤな長いトンネルに入る。
電灯は薄暗く、壁は廃墟の町を思わせた。
雨で水が岩盤からしたたり落ちている。
このトンネルは、いつ崩れてもおかしくなかった。

暗闇が永遠と続き、今、僕は坂を降りているのか、登っているのか分からなかった。
実際の地図で調べると登っているはずなのだが、まるでプラックホールに吸い込まれる星のような気分になってきた。

気が付くと、後ろから一台車がついてきている。
物好きなドライバーもいることだと思っていたら、その車は急速に僕の車に接近してきた。

そして、発砲された。。。

悪夢のような現実だ。



まったく、なんてこった!
どれだけの遺産を叔父が残してくれたかしらないが、なんでこんなことに?

トンネルの中じゃ逃げきれやしない。
対向車が来ないことを祈って、猛スピードでジグザグ運転するしかない。
オンボロ車が火を噴かなきゃいいが。

後ろの車はハイビームにして、こちらの車のすぐ後ろにいる。
どうやらタイヤを狙っているらしく、銃弾が頭をかすめないことだけが救いだ。

叔父が残した謎「私が求めていた“夢”はなんだったか」。
叔父の求めていた夢を探すのにこん目に遭うなんて想像だにしなかった。

謎解きは街から、このトンネルまでに一人の男が待っている、その男が持っている地図を頼りに始まると遺言で指示してくれた叔父。

イヤなトンネルの出口まであと3分。



トンネルを出るまでアクセルを床いっぱいまで踏み込んだ。
直線のトンネルから飛び出ると、目の前にヘリコプターが待っていた。

「おいおい、そこまでやるんか?」

思わず言葉が出た。後ろからの車と空からのヘリコプターを相手に、国内普通免許しかもっていない僕はどうしたらいいんだ?

一人目の男から渡された地図によれば、トンネルを出たら左折してダウンタウンに向かうことになっている。

僕は電柱とごみ箱2個をなぎ倒して急カーブを切り、左折した。

後ろの車は曲がりきれずにごみ貯めに突っ込んだ。
ヘリは急旋回をして、まだ追ってくる。

とにかくダウンタウンまではハンドルが千切れるまで左右に車を振っていくしかない。
ヘリからのサーチライトで前の道路が光っている。

ダウンタウンまであと5キロ。



ダウンタウンまでの5キロを、ヘリからの機関銃の弾を避け、走り抜けた。
ヘリからの銃弾は崖にあたり、岩をはじき飛ばす。
破片がボンネットに跳ね返る。
タイヤを鳴らし、アクセルを踏みつづけ、街に入った。

さすがに、ヘリはここまでは追ってこない。

1枚目の地図にあった街にやってきたが、この街のどこに行けばいいのか。
地図には「朝日の当たる家に行け」とあるが。

今はまだ真夜中、朝まで待っていられない。
山間の街にある朝日のあたる家・・・。
最初に朝日があたる家は山の上にある家とあたりをつけ、街の坂道を車で飛ばす。
地図で見ると、街から山へ向かう1本道がある。
その道をひたすら登る。

家が見えてきた。
間違い無い。窓に明かりが漏れている。

車を乗り捨てると、ドアを叩いた。

老女がドアを開けた。

「ほい、兄さん、待っていたよ。次のあんたの行く先はここじゃよ。」

受け取った紙片には、たった1行の文。

「点滅する太陽」

・・・まいった。ナゾナゾか。。。



うーむ、考え込んでいる暇はない。
叔父の部屋にあった写真を思い出し、あたりをつける。

今度は山から一気に海岸を目指して、ドライブだ。
もう雨はやんでいた。
音楽をアルゼンチンタンゴに変える。

寝静まった街中を車ですり抜ける。
ある路地を曲がったところで、その女が飛び出してきた。
急ブレーキを踏み、ハンドルを切る。
車は道路わきの消火栓をなぎ倒して、とまった。
後ろを振り返ると、女が道路に倒れていた。
消火栓の水を浴びながら、女の所へ向かう。

「大丈夫ですか?」

「えーもちろんよ。」

拳銃が僕の胸元を狙っていた。



女は拳銃を僕に向けたまま、立ち上がった。

「地図を出して」

「地図?」

「そう。あなたの気前のいい叔父さんが秘宝を隠した地図よ。」

「これ?」

一枚目の地図を出した。

「これは、この街のでしょ。さっきの家でもらった地図よ。」

一行しか文章が書かれていない紙を出した。

「これだけ?」

「そう、そうれだけ。」

「で、どういうこと? 『点滅する太陽』って?」

「さー、何が何やら、僕もさっぱりさ。」

「嘘おっしゃい。どこに急いで向かっていたの? 鉛を味わいたいの?」

拳銃にかかる女の指に力が入った。

「・・・多分、この先にある岬の灯台を指していると思うんだ。」

「なるほどね。ずいぶん賢いじゃない。どこの学校で習ったの?」

「町立の小学校。」

女はいきなり発砲した。

車のタイヤがへこんだ。

「じゃね。小学校の優等生さん。」

女はそう言うと、路地裏に隠していた自分の車で去っていった。

僕はすぐにタイヤ交換を始めた。
自動車教習所の優等生ではなかったことを僕は悔やんだ。



あの女から3分遅れで、岬の灯台に着いた。
まもなく太陽が上がるようで、海が青く輝いていた。

灯台守の小屋に入った。男が待っていた。

「女は?」

「最後の謎を持って、灯台に登っていったよ。」

「どんなことが書いてあったかは知らない?」

「いや、知っているさ、ボーヤ。」

「最後の謎はどんな言葉?」

「それは『私の夢が分かったかな?』だ。そして、灯台を登るように指示が出されていたよ。」

「ありがとう!」

灯台の頂上に行く螺旋階段を僕は急いだ。
3分遅れで、叔父からの遺産を逃したなんてことだけは避けたい。

ところで、叔父の夢ってなんだったんだろう?
さんざん、人をあっちへやったり、こっちへやったりして、おかげでカーチェイスにはなるわ、ヘリコプターから襲撃されるは、最後は女強盗に遭うし、一晩で30年分の冒険をしたようだ。

冒険・・・叔父はヨットでよく世界をまわっていた。さながら冒険のように。

冒険する、それが叔父の夢だったのか?

螺旋階段を上りながら、僕は息をはずませ、頭をフル回転させた。

灯台の上に来ると女がまっていた。

「はい、ぼうや」

女が封筒を出した。
中を確かめると一枚の便箋。
そこには、叔父の筆跡でこう書いてあった。

「私の求め続けた夢がわかったかな?」

僕にはもう分かっていた。叔父が求め続けていたのは、『冒険』だ。
だから、僕に冒険を体験させてくれたのだ。
カーチェイスやヘリによる銃撃も、叔父があらかじめ頼んでくれておいたものなのだ。
そして、この女性も。

「冒険だろう。」僕は彼女に言った。

「お利口さんね。」

彼女は僕の頬にキスして、灯台を降りていった。

叔父が残してくれた遺産は、結局、僕のための冒険物語だったのだろうか。

水平線から朝日が顔を出し始めた。

真夜中のドライブが終わった。

まぶしい太陽を眺め、封筒をポケットにしまおうとした。
その時、封筒から1枚の古い切手が落ちてきた。




(終)

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