2010年09月24日

私信(短編)

友達できた?
こちらは、まぁまぁだよ。
いい人もいれば、もちろん悪い人もいる。
みんな優しくて、他人の心配ばかりしている人たちだ。

ちょっと肌が合わないかもしれないけれど、少しは辛抱しないとね。

そちらはどう?




相変わらず元気そうね。
こちらは秋も深まり、そろそろ冬の準備を考えないといけない季節。
もうすぐ、「雪下ろしの雷様」がやってくるころね。

田んぼは稲が刈られて、荒涼とした風景になった。
待ち行く人たちは背中を丸めてゆっくり歩いている。
風が南から北へと方向を変えてきた。
空はうろこ雲。海は絹のよう。

そんなところよ。

あなたの心の原風景が、そのまま残っているわよ。




僕は夜、電車に乗って窓の外を眺めていると、ふと「どうしてこんな所で、電車に揺られているんだろう?」と思うことがある。

生まれ育った場所から、二転三転して、あてのない旅を続けているようだ。

どんな小さな町にも、明かりがともる家がある。

こんなところにも、人が住んでいるんだと思うような所にもね。

でも、きっと誰かも、僕が生まれ育った村を見ると、きっと同じことを思うんだろうね。

赤とんぼがそろそろ、そちらでは飛んでいるころだ。

こちらの町ではそんなことにも気づかずに時が流れているよ。





そうね、赤とんぼはずいぶん飛び始めたわよ。
夕日の赤も寂しさがましてきて。
明日あたり、霜が降りているかもしれない。

あなたが残した、駅の壁のいたずら描き、まだ残っているわよ。

遠い日、将来も、夢も、過去も、まだ全てが混沌とした時間の中に埋もれていた時代の記念ね。

さ、そろそろ、この手紙も終わりにしないと。

この療養所からは、あなたの住む町も空も見えない。

でも、あなたの心だけはもらってゆくわ。

もう、麻薬性の鎮痛剤も効かなくなってきて、眠っている時だけが幸せなの。

あなたからもらった手紙を抱いて、多分、明日あたり、運がよければ、明後日。

時間って、意地悪な時計のように過ぎてゆくのね。






太陽の光を粒として見ることができる唯一の季節、秋。
窓から入ってきた光の粒を眺めていたら、その手紙が届いた。

彼女からの最後の手紙だろうという悲しい予感があった。

封をあけ、手紙を読む。
読み終えたら、手紙を封筒の中に戻す。

太陽は15分だけ西に傾き、光の粒がオレンジ色に変わった。

ついに静かな時間が訪れた。

この静かな時間を僕は、どう消費していけばいいのだろう?

オレンジ色の粒を時計の秒針が突っついて、壊してゆく。
僕はベッドにもぐりこみ、その光の粒の崩壊を眺めるしかなかった。







あれから1週間が静かに流れた。

その間、僕は崩壊する光の粒だけを見ていた。
もう、時間は先に進まないようだ。

ベッドから見える空には秋の雲が流れ始めたが、誰も僕を訪れなくなった。
まるで人々がこの世の中から全員消え去ったみたいだ。

ボタンを押しても、誰も来ない。

食事は忘れさられ、新聞は配られない。

点滴の薬もなくなったが、もう痛みも感じなくなってきた。

彼女からの手紙が来なくなり、世界が消滅した。


世界が崩壊し、時間が止まった。

いや、時間が止まったのではなく、僕の生命活動が止まったのかもしれない。

テーブルの上に置いたレモンが永遠に朽ちていかないように、僕の精神も永遠に活動を停止した。

生命維持装置は外され、音が消える。

静かに僕は目をつむり、自分が自分から解き放たれていくのを感じた。

今こそ、風に舞えばいい。





彼が息をひきとって2週間がたった。

秋は深まり、雪の便りも北の国から届き始めた。

彼が長く苦しんでいた病気の治療は世界のどこかで今日も研究されているはず。
でも、彼の人生には間に合わなかった。

私と続いた文通も最後は口述になり、その苦しさが文面から伝わるようだった。

時間というものは、意識とは別に流れているのかしら。
彼の意識が止まったあとも、こうして私の時間は流れている。

きっと、私の意識が消滅したあとも、時間は誰かの中で流れているのね。

木枯らしが吹き始めるのも、そう遠くない。






波の音が聞こえる。

きっと僕は白い砂浜に座っている。

静かだ。

風が耳元を過ぎ、時間が足元を流れてゆく。

水平線のむこうで星が今、誕生しようとしている。

その一点に光が集まる。

光が自分の重さに耐えられなくなると、膨張を始めるんだ。

遠い昔、聞いたことがある。

白い空間を僕は永遠に漂う。

もう彼女の記憶も定かではなくなってきた。




もう私には「時間」すら無意味になった。

この宇宙に何も存在しなかったら、時間も存在できないように、私に彼が存在しなければ、全てが無意味になる。

剥きかけたりんごが朽ちていくことだけが、時間の存在を示すような世界には生きていたくない。

私は、言葉を発したくない。
私は、涙を流したくない。
私は、生きていたくない。

そんな言葉だけが、心を支配する。

 
ある日、突然、彼からの手紙が届いた。

遺言により、死後1ヵ月後に私に届けられるようになっていたらしい。

「僕の存在を否定しないで。きみが生きている限り、僕はきみの意識の中に存在できる。もし、きみが死んでしまったら、僕の居場所が無くなってしまうから。」

 
私の心の動きを予想していたような手紙が届いた。
便箋の中には、私と彼が最後に写った写真が入っていた。

噴水の前で笑う、二人。
あの時は確かに時間が輝いていた。

これから、彼の時間は私の心の中で動く。
私の時間は・・・・

朽ちかけたりんごを捨てて、私は病院を出て、公園に行く。

私の存在が、彼の存在を支えているなら、私は生きていく。

秋の夕暮れまで私は公園のベンチに座り、星が輝き始めるのを待っていた。




(終わり)
posted by ホーライ at 02:15| Comment(0) | 短編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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