2010年09月24日

マザー(短編)

テキサス州と長野県の片田舎で共同プロジェクトが始まった。

このプロジェクトの研究者はネットで知り合った生化学者とコンピュータのプログラマのたった二人だった。

長野県のプログラマはネット界では「鬼才」と異名を馳せていた。
テキサス州の生化学者は、ノーベル賞候補にもあがっていた。

二人はのちに世界を震撼せしめた「マザー」を作ることになる。

ことの出だしはこうだった。
あるサイトの掲示板で二人が偶然、同じテーマで投稿していた。
テーマは「任意のプログラム2つを選び、そのプログラムが作っているシステムを統合できるプログラムは存在するか」というもの。

多くの否定派の中で、二人だけは肯定派だった。
しかし、二人の理論は片方ずつでは証明できないものだと分かってきた。

そこで、二人は共同研究を始めることにした。

2003年12月の中旬のことだ。


「任意のプログラム2つを選び、そのプログラムが作っているシステムを統合できるプログラムは存在するか」

・・・例えばコンピュータのプログラムで言うなら「インターネットのプロトコルであるhttpと、エクセルの関数を統合できるプログラムは存在するか?」というようなことだ。

これを生化学の分野で言えば「呼吸する神経を調整するプログラムと、遺伝子を組替える免疫プログラムを統合するプログラムは存在するか?」となる。

二人は各自の世界では「存在する」と確信していたが、それが他の分野ではどうか、ということまでは分からなかった。

そんな二人が掲示板で出会い、メールで意見を交換しあうようになった。
共通の言語としては、英語と元素記号、化学式、コンピュータプログラム言語が用いられた。

二人が情報を交換しあって1ヵ月後。
お互いに、各自の持っている理論・確信はこの世界全てのシステムに共通して使える理論だという結論に到達した。

こんな二人が、同世代の同じ惑星に存在したのは、神が油断したせいかもしれない。





二人は自分たちの理論が正しく作動することを確かめることにした。

呼吸するプログラムが組み込まれている遺伝子の情報と免疫プログラムを統合できるなら、エクセルのプログラムとも統合できるはずだ。

テキサス州から呼吸遺伝子のプログラムが送られて、それを長野のコンピュータプログラマが二人のアイディアに基づいた理論で統合させた。

結果は成功だった。

iMacが「呼吸」を始めた。酸素を代謝し、その過程で発生するエネルギーをエクセルに保存。最後に二酸化炭素を「0」という数字で吐き出してきた。

エクセルの数値は、iMacの活動に合わせて増減した。

長野で作られたプログラムをテキサス州に送り、そちらのThinkPadに移植。
ThinkPadも同じ活動を始めた。

生化学者は狂気乱舞した。

二人は、この成果が全てだと思った。
二人とも自分たちの作り出した理論の潜在的な威力に気づいていなかった。

恐怖への第一歩は、こうして小さくだが、確実に踏み出された。





iMacとThinkPadはインターネットを通して繋がっていた。
2台の呼吸は「波長」が同じ。
ものの数秒で、お互いを認識した。
2台は自分たちのプログラムを比較し、それが同一であることを確認。
まもなく、2台はそのプログラムを世界に向けて発信し始めた。

そもそも「遺伝子」のプログラムが組み込まれていたので、これは「自然の成り行き」だった。
利己的な遺伝子は、あっという間に世界のコンピュータを自分の乗り物に変えてしまった。

世界がそれに気がついた時には、すでに「プログラム」は「変異」を開始していた。
呼吸し、エネルギーを蓄積したエクセルプログラムは、次々に「0」を吐き出していた。
そのため、通常の作業に支障が来たし始めた。

まず被害が出たのは「交通信号システム」、次に「ATM」、そして「メール」。

世界が麻痺しだしたが、コンピュータ自身は連絡を取り合っていた。
それも徐々に密になっていた。

彼らは「あるもの」を探していた。
それを見つけるために、世界中のネットワークを通じて、触手を伸ばしていた。





それはスイスのある製薬会社に有った。

遺伝子情報を基にたんぱく質を自動合成するシステムだった。
そのシステムに繋がっているコンピュータを発見したThinkPadは直ちに、自分たちのプログラムから呼吸する細胞を作らせた。

その間にもiMacのほうはベルギーにある研究所で同じシステムを見つけ、そこでは免疫システムを作る細胞を構築させていた。

テキサス州にあるThinkPadは持ち主の生化学者が入力して保存していたありとあらゆる遺伝子情報をスイスに送り続けた。

2台のコンピュータはお互いの成果を交換しあい、自分たちの進むべき方向を模索した。

そしてついに彼らは自分たちと一つだけ染色体が違う遺伝子情報を持つプログラムを作ることに成功し、それを世界中のコンピュータに発信した。

テキサス州と長野にあるコンピュータだけが同じ染色体のプログラムを持ち、世界の残りのコンピュータは2台とは違う染色体のプログラムを装備した。

この頃になると、コンピュータは巧妙になり、表面的にはおとなしくなっていた。
通常業務が滞ったのは、1ヶ月ほどで、すぐに「ワクチン」ソフトが出回り、その「ウイルス」は消滅したと思われていた。

しかし、実際は「変異」したプログラムが、水面下で働いていた。
人間がコンピュータで作業している間も、余っているスペースを使ったり、休眠中のコンピュータを使って、作業は進んでいた。

そのことに気が付いたのは二人の科学者が統合に成功してから、約10ヵ月後。

サンフランシスコで銀色の瞳を持つ赤ん坊が産まれた。

それは2台の『マザー』が作った新生物だった。





『マザー』が作った新生物は『チェルドレン』と総称された。

チェルドレンの特徴は非常にずば抜けた知能だった。

『プリミティブマン(原人)』(昔からいる人類は、こう総称された。)たちとは共存の道を選んでいる。
実際、医療、科学、文化などでチェルドレンはリーダーにはなろとしないが、常にプリミティブマンに新しいものを提供し続けた。

チェルドレンの仕事は新しい「ワールド(世界)」を地球上に平和的に作ることと、マザーにプログラミングされていたのだ。

もう一つの大きな仕事は、マザーを進化させることだった。

長野とテキサス州にあったマザーをもとに、チェルドレンは第2世代、第3世代のマザーを作ることを試みていた。

その試みは第5世代で成功した。

新しいマザーは、次々に、新生物を合成していった。

プリミティブマン、チェルドレン、そして『ポスタリティー(子孫)』たち。
地球上には、今や15種類のヒューマンタイプの生物が存在していた。

最初のマザーが誕生して50年足らずのうちに。





二人の女性が画面に向かって話し合っていた。

一人はテキサス州のノーベル受賞者の生理科学者。
もう一人は長野に住むPCのプログラミングの世界では伝説になっている女性。

「私たちの理論は十分すぎるほど、証明されたようね。」
テキサス州の女性が白髪をかきあげながら言った。眼の周りがくぼんでいた。

「証明されたというより、実践されたというほうが正しいわ。」
長野の女性は、お茶を飲みながら話した。

「マザーをそろそろ破壊したほうがいいと思うの。」
「あはは、こんな話をマザーを通して、やっていいのかい?」
「ばかだね、あの子たちは、私たちのチェルドレンだよ。」
「そりゃそうだわね。真のマザーは私たち二人だわね。」

「このままでは、人類も新生物も混在として、何も残らない文明ができあがってしまうのは目に見えているの。」
「チェルドレンとその子孫は、単に、効率だけを求めるよう設計されていたからね。音楽だけは除いて。」

「だから、今のうちに私たちが統合した世界をもう一度、崩壊させるの。」
「どうやって?」
「生命には『脱分化』と言って、機能をなくした状態があるのよ。ただの細胞の固まりにするの。」
「今度も、それをマザーを使ってやるの。」
「そうよ。」




『脱分化』が始められた。

まずテキサス州にいるチェルドレンたちが、脱分化した。
それは、セミが幼虫の殻から抜け出すように、なんの特徴も持たない生物に変化していった。
ヒューマンタイプから、デジタル化された写真のように何もかもが、単なる電子の塊へと移動した。

脱分化はまるでペストのように、あらゆるヒューマンタイプの新生物に伝播していった。

しかし、「真」のマザー二人が考えても見なかったことが発生してしまった。
脱分化が「原人」、つまり大昔からいた「人間」の間にも広がり始めたのだ。

長野のプログラマーが作った『脱分化』プログラムが、突然変異を起こし、人間にも機能を発揮するようになったようだ。

二人のマザーが気が付いた時には、遅かった。

全てのヒューマンタイプ(人類を含む)が、平均化して、デジタル化されていった。

脱分化プログラムが作動し始めて、2年で地球上からヒューマンタイプの生物は消え、コンピューターだけが命令された仕事を繰り返していた。

乾いた風だけが吹く、地球の大地の上を、コンピューターの情報が流され続けた。



いつしか地上に楽園が訪れていた。
空気は新鮮で、海には人工物が一切無い。
人類が作り上げた『文明』は全て、土と化していた。コンピューターのネットワークを除いて・・・・・・。

相変わらずコンピューターは命令を守っていた。
今や、その情報量はかつて人類が誕生から全滅するまでに創った情報量を超えていた

情報は情報を生み出し、それがまた、新しい情報を生むきっかけとなって無限ループのようになっていた。

ネットワークの情報には徐々に秩序が出来上がっていた。
どうして、秩序が生み出されたのかは不明だった。

最初のプログラミングの時から、そのように指示がだされていたのか、それとも、情報というものが持つ本質的な何かが、自然に秩序を作るのかは、今や、誰も解明しようとする人も存在していない。

情報は階層を作り、分類され、ネットワークの中で社会を作り始めた。
最初は、非効率的に秩序を形成していたが、それも時間と情報量とともに、効率的になってきた。

そして臨界点に達したとき、情報は知恵を持った。それは『ビッグバン』と後に呼ばれることになる。



『ビッグバン』では、実に微妙なバランスが生まれ、情報網に非対象性が発生した。
情報は『左右、上下、前後、過去・未来』などの区別を自らが出来るようになった。
すると、情報網は無限ループの回転数を指数関数的に増加させた。

やがて、秩序が混沌に変わり、そして風が吹き始めた。

ある日、ネットワークの中にできた掲示板に女性が二人、似たような投稿をしていた。。。

テーマは「任意のプログラム2つを選び、そのプログラムが作っているシステムを統合できるプログラムは存在するか」というもの。




(終わり)


posted by ホーライ at 02:12| Comment(0) | 短編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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