外は雨。
道路を照らす車のライトに時折、野良猫の目が光る。
街をでるところ。
街外れで、ガソリンを満タンにして、郊外の道を走る。
雨はフロントガラスを叩く。
スタン・ゲッツが夜を揺さぶる。
街から出て10分後、一人目の男が道路で僕を待っていた。
「はい、地図はこれだよ。」
僕は地図を受け取り、次の目指す街を探した。
その街の前にはイヤな長いトンネルがあることは知っている。
1週間前に叔父が亡くなり、遺書が発効された。
そこにはこう書かれていた。
「私が死亡してから、1週間後に街を出よ。そして、1週間以内に私が残した謎を解けば、遺産を全て相続する権利を与えよう。」
ミステリー好きの叔父がやりそうなことだった。
1番目の男から地図を貰い、次の目標地点へ向かう。
山間の細い道を、車が揺れる。
やがて、イヤな長いトンネルが見えてきた。
このトンネルはいつも、僕に悪夢を見させる。
しかも、それは1ヶ月は続くような悪夢なのだ。
だから、僕はこのトンネルを避けて、遠回りをして隣町へ行っていた。
だが、今回だけは、そうもいかなかった。
叔父の残したルートでは、必ず、このイヤなトンネルを越えないといけない。
僕はスタン・ゲッツをフルボリュームにして、トンネルに向かった。
イヤな長いトンネルに入る。
電灯は薄暗く、壁は廃墟の町を思わせた。
雨で水が岩盤からしたたり落ちている。
このトンネルは、いつ崩れてもおかしくなかった。
暗闇が永遠と続き、今、僕は坂を降りているのか、登っているのか分からなかった。
実際の地図で調べると登っているはずなのだが、まるでプラックホールに吸い込まれる星のような気分になってきた。
気が付くと、後ろから一台車がついてきている。
物好きなドライバーもいることだと思っていたら、その車は急速に僕の車に接近してきた。
そして、発砲された。。。
悪夢のような現実だ。
まったく、なんてこった!
どれだけの遺産を叔父が残してくれたかしらないが、なんでこんなことに?
トンネルの中じゃ逃げきれやしない。
対向車が来ないことを祈って、猛スピードでジグザグ運転するしかない。
オンボロ車が火を噴かなきゃいいが。
後ろの車はハイビームにして、こちらの車のすぐ後ろにいる。
どうやらタイヤを狙っているらしく、銃弾が頭をかすめないことだけが救いだ。
叔父が残した謎「私が求めていた“夢”はなんだったか」。
叔父の求めていた夢を探すのにこん目に遭うなんて想像だにしなかった。
謎解きは街から、このトンネルまでに一人の男が待っている、その男が持っている地図を頼りに始まると遺言で指示してくれた叔父。
イヤなトンネルの出口まであと3分。
トンネルを出るまでアクセルを床いっぱいまで踏み込んだ。
直線のトンネルから飛び出ると、目の前にヘリコプターが待っていた。
「おいおい、そこまでやるんか?」
思わず言葉が出た。後ろからの車と空からのヘリコプターを相手に、国内普通免許しかもっていない僕はどうしたらいいんだ?
一人目の男から渡された地図によれば、トンネルを出たら左折してダウンタウンに向かうことになっている。
僕は電柱とごみ箱2個をなぎ倒して急カーブを切り、左折した。
後ろの車は曲がりきれずにごみ貯めに突っ込んだ。
ヘリは急旋回をして、まだ追ってくる。
とにかくダウンタウンまではハンドルが千切れるまで左右に車を振っていくしかない。
ヘリからのサーチライトで前の道路が光っている。
ダウンタウンまであと5キロ。
ダウンタウンまでの5キロを、ヘリからの機関銃の弾を避け、走り抜けた。
ヘリからの銃弾は崖にあたり、岩をはじき飛ばす。
破片がボンネットに跳ね返る。
タイヤを鳴らし、アクセルを踏みつづけ、街に入った。
さすがに、ヘリはここまでは追ってこない。
1枚目の地図にあった街にやってきたが、この街のどこに行けばいいのか。
地図には「朝日の当たる家に行け」とあるが。
今はまだ真夜中、朝まで待っていられない。
山間の街にある朝日のあたる家・・・。
最初に朝日があたる家は山の上にある家とあたりをつけ、街の坂道を車で飛ばす。
地図で見ると、街から山へ向かう1本道がある。
その道をひたすら登る。
家が見えてきた。
間違い無い。窓に明かりが漏れている。
車を乗り捨てると、ドアを叩いた。
老女がドアを開けた。
「ほい、兄さん、待っていたよ。次のあんたの行く先はここじゃよ。」
受け取った紙片には、たった1行の文。
「点滅する太陽」
・・・まいった。ナゾナゾか。。。
うーむ、考え込んでいる暇はない。
叔父の部屋にあった写真を思い出し、あたりをつける。
今度は山から一気に海岸を目指して、ドライブだ。
もう雨はやんでいた。
音楽をアルゼンチンタンゴに変える。
寝静まった街中を車ですり抜ける。
ある路地を曲がったところで、その女が飛び出してきた。
急ブレーキを踏み、ハンドルを切る。
車は道路わきの消火栓をなぎ倒して、とまった。
後ろを振り返ると、女が道路に倒れていた。
消火栓の水を浴びながら、女の所へ向かう。
「大丈夫ですか?」
「えーもちろんよ。」
拳銃が僕の胸元を狙っていた。
女は拳銃を僕に向けたまま、立ち上がった。
「地図を出して」
「地図?」
「そう。あなたの気前のいい叔父さんが秘宝を隠した地図よ。」
「これ?」
一枚目の地図を出した。
「これは、この街のでしょ。さっきの家でもらった地図よ。」
一行しか文章が書かれていない紙を出した。
「これだけ?」
「そう、そうれだけ。」
「で、どういうこと? 『点滅する太陽』って?」
「さー、何が何やら、僕もさっぱりさ。」
「嘘おっしゃい。どこに急いで向かっていたの? 鉛を味わいたいの?」
拳銃にかかる女の指に力が入った。
「・・・多分、この先にある岬の灯台を指していると思うんだ。」
「なるほどね。ずいぶん賢いじゃない。どこの学校で習ったの?」
「町立の小学校。」
女はいきなり発砲した。
車のタイヤがへこんだ。
「じゃね。小学校の優等生さん。」
女はそう言うと、路地裏に隠していた自分の車で去っていった。
僕はすぐにタイヤ交換を始めた。
自動車教習所の優等生ではなかったことを僕は悔やんだ。
あの女から3分遅れで、岬の灯台に着いた。
まもなく太陽が上がるようで、海が青く輝いていた。
灯台守の小屋に入った。男が待っていた。
「女は?」
「最後の謎を持って、灯台に登っていったよ。」
「どんなことが書いてあったかは知らない?」
「いや、知っているさ、ボーヤ。」
「最後の謎はどんな言葉?」
「それは『私の夢が分かったかな?』だ。そして、灯台を登るように指示が出されていたよ。」
「ありがとう!」
灯台の頂上に行く螺旋階段を僕は急いだ。
3分遅れで、叔父からの遺産を逃したなんてことだけは避けたい。
ところで、叔父の夢ってなんだったんだろう?
さんざん、人をあっちへやったり、こっちへやったりして、おかげでカーチェイスにはなるわ、ヘリコプターから襲撃されるは、最後は女強盗に遭うし、一晩で30年分の冒険をしたようだ。
冒険・・・叔父はヨットでよく世界をまわっていた。さながら冒険のように。
冒険する、それが叔父の夢だったのか?
螺旋階段を上りながら、僕は息をはずませ、頭をフル回転させた。
灯台の上に来ると女がまっていた。
「はい、ぼうや」
女が封筒を出した。
中を確かめると一枚の便箋。
そこには、叔父の筆跡でこう書いてあった。
「私の求め続けた夢がわかったかな?」
僕にはもう分かっていた。叔父が求め続けていたのは、『冒険』だ。
だから、僕に冒険を体験させてくれたのだ。
カーチェイスやヘリによる銃撃も、叔父があらかじめ頼んでくれておいたものなのだ。
そして、この女性も。
「冒険だろう。」僕は彼女に言った。
「お利口さんね。」
彼女は僕の頬にキスして、灯台を降りていった。
叔父が残してくれた遺産は、結局、僕のための冒険物語だったのだろうか。
水平線から朝日が顔を出し始めた。
真夜中のドライブが終わった。
まぶしい太陽を眺め、封筒をポケットにしまおうとした。
その時、封筒から1枚の古い切手が落ちてきた。
(終)