2010年09月23日

携帯メール(9)

    (9)

部屋の時計を見る。
秒針が一秒ごとに時を刻む。

一秒ごとに、自分の声を失う時間が近づいてくる。
一秒ごとに、自分の死が近づいてくる。

夕闇が街の空を染めてきた。
鳥の鳴き声が遠く聴こえ、飛行機雲が空を斜めに切る。

僕の心と体を開放してくれた彼女に告げる最後の言葉を考える。


綾戸智絵が唄う「Let it be」がどこからか流れてきた。
乳がんだった彼女は「生命の力」に気づく。
フジコ・ヘミングも難聴になってから「演奏」が変わる。
ホーキングは言う「病気になって気づいたんだ。自分の時間の貴重さを。」


何も怯える必要は無い。
不完全燃焼するほうが耐え難い。

「なるようになる」

綾戸智絵がシャウトする。
彼女の声が、胸に染み渡るのを待つ。


部屋が夕闇に包まれると、僕は彼女に伝える言葉を考え始めた。
それは「肉声で伝える最後の言葉」でしかない。
僕にはまだ、メールを打つ指が有る。まばたきで意志を伝える人もいる。
言葉を考える脳が有る。

僕にはまだ、夕焼けを感じる視力が有る。
彼女の声を聴く聴力も有る。



声を失うことの哀しみが、夕日とともに沈んだ。


(上へつづく)
posted by ホーライ at 22:01| Comment(0) | 携帯メール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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