腫瘍マーカーが上昇していた。
一週間置いて二度計ったが、通常の範囲を遥かに超えていた。
MRIの結果、咽喉に小さな腫瘍が見つかった。
北風も入らない妙に暖かい診察室で医師は言った。
「切除しますか?それとも抗癌剤を使いますか? もちろん、切除しても抗癌剤を使います。ただ、切除となると声を失います。」
湿った空気が流れた。
乾燥を防ぐために加湿器を使っているようだ。
「私は切除することをお奨めします。それと放射線照射と抗癌剤をしばらく続けるのが標準的な治療ですね。」
声を失う。
どんな世界が待っているんだろう。
「まぁ、今は人口声帯も有り、訓練すれば意志を伝える位にはなりますから、生活には困らないと思いますよ。」
もちろん、抗癌剤だけで叩くことは無理だというのは知っていた。
多分、僕には選択権は無い。
命と引換えに声を失う。
抗癌剤の治療の苦しさも知っている。
標準的な治療薬で再発したら、今度は治験薬の使用になるだろう。
自分が勤めている会社の治験薬を投与される可能性も有る。
「オペしてください。」
「そうですね。それがいいでしょう。では、今からオペの予定表を調べます。」
医師が出した予定表には、何人かの名前が書かれていた。
さらに「Radi」と書かれている表も垣間見えた。放射線照射の予定表だ。
「来月の14日が空いていますので、その日にしましょう。 入院の準備は看護婦から伝えてもらいます。では。」
外来の別室へ看護婦に連れていから、「入院のしおり」をもとに説明を受けた。
事務的な話しを受け、事務的に答える。
病院の外は新しい年を迎えた街が、いつもの賑わいを見せていた。
『今度の週末に会えるかな?』 携帯のボタンを押す。
携帯が震える。
『いいわ。待っています。』
絶え間なく流れる車を見ながら、僕は彼女に伝える最後の僕の「言葉」を考えた。
(上へつづく)