2010年09月23日

携帯メール(3)

   (3)


仕事も同僚との付き合いも、今まで通りと同じだった。
僕の病気を知っているのは、携帯の電波の先にいる彼女だけ。

彼女は、今までと同じように明るいメールを送ってくれる。

『月と太陽と4月の風。あなたが好きなのはどれ?』

『優しい月の光』

『私も月は好き。でも、明るい太陽の下も好き』

『僕は夏から秋にかけての季節の変わり目も好きだな』

『春よ!絶対に。これから!という感じでしょ?』


……。
いつもの会話が、僕の心を和ませる。


僕の体内で、今でも我が物顔で増殖し、自分の分身を僕の体中に、ばら撒こうと機会を伺っている癌細胞。
笑いは免疫力を高める。

病気は、自分との戦いだということを痛感した。

精神的に参ってしまっては、肉体も負けてしまう。
少なくとも、彼女とのメールでは、病気の話しは二度と出なかった。

毎日、眠る前には癌細胞が消失していくイメージを頭に描きながら眠りについた。
それは間違い無く、生きる目的を考えさせ、自覚させる時間でもあった。

何故、そこまでして病気と戦うのか?
「死」が怖いからだけなのか。

そうではない。

僕の肉体がこの世界から消えたら、逢えなくなる人がいるからだ。
意識の消失で、その人の笑顔が見えなくなる、声が聞けなくなる、言葉のやりとりが出来なくなる。
耐え難い孤独が永遠と続く……。
何故、こんな単純なことに気がつかなかったんだろう。

僕は、その人のために病気と戦う。


ファイバーを使っての癌の切除。
今朝、手術の説明を医師から聞いた。
ファイバーを口から入れ、癌をかきとる。局部麻酔で済むとのこと。
今日のお昼から食事は無し、点滴だけでエネルギーを維持する。
明日の朝9時から手術を行う。

朝が過ぎ、お昼が過ぎ、そして、暗い病室で一人、明日の朝からの手術を思い浮かべ夜を過ごす。
漆黒の闇。
廊下を歩く看護婦の足音。
遠くで聴こえる街の喧騒。酔っ払いの叫び声と女性の笑い声。

じっと明日の朝を待つ。自分の心臓の音だけが聞こえる深夜。

入院病棟は携帯メールも禁止されていた。

夜10時。携帯を持って外来受付けまで行く。
そして彼女からのメールを受信する。

『今度は何処に行きたい?』

『水の見えるところがいいな』

『海?川?湖?』

『海だね、断然』

『了解。じゃ明日までに作戦を練っておくわ。また明日。オヤスミ』

『うん、また明日ね。オヤスミ』


携帯を切り、病室へ戻る。

孤独が支配する闇と冷たいベッドだけが僕を待っていた。

そして、明日を迎える。明日の夕方にはまた携帯が使える。その時に送る携帯メールの文面を考えて眠りにつく。


彼女の存在だけが、僕に生命の炎を燃え立たせる。


(上へつづく)

posted by ホーライ at 21:46| Comment(0) | 携帯メール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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