2010年09月23日

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日記。

“ 今日も暑い一日だったね。蝉がうるさいくらいだ。 蟻は一生懸命働いていたよ。蟻とキリギリスか。

今日の練習は腹筋50回*3セット。背筋50回*3セット。腕立て伏せ50回*3セット。

その後で、ベンチプレスだ。腕がパンパンだよ。 コーチは鬼だ!

そうそう、僕の通っているスポーツセンターに新しいマネージャーが入りそうだ。

優しいマネージャーだといいけれどね。

ところで、みんなの夏休みの予定は?僕の夏休みはこんどの水曜日からだ。

予定としては、水曜日に海へ。木曜日は映画ビデオの一日。金曜日は……。”



彼女からのメール。

「デートの返事、ありがとう。水曜日の朝8時に、スポーツセンターの前に車で行きます。

この前はごめんなさい。

あなたのお母さんやお父さん、そしてあなたの気持ちなんて、私には理解できるはずもないのにね。     かしこ。」

 

僕からのメール。

「“マイサリ”のデータを見たよ。ハッキリ言って、良く分からなかった。

奇形児の生まれる確率だって、良く分からない。

きみが確率は高いというのだから、きっとそうなんだろうね。

このデータが得られた時に、どうして、この薬の販売を中止しれくれなかったのか残念に思う。

障害児が産まれる事がハッキリと分かっていたのなら、とても悔しい。でも、僕は、正直言ってこのデータについてはどうでもいい。

データを公開して、きみがクビになることも厭わないなら、それでもいい。このまま、闇に葬るなら、それはそれでいい。

僕は、製薬会社からの賠償金なんかで、車椅子を買いたくないしさ。

そんなことより、今は北海道のサロマ湖のレースで頭がいっぱいだしね。……海もね。

カサブランカは死んだおふくろも好きな映画だ。Here's to looking at you, kid.」

 

水曜日の朝、8時に彼女は言っていたとおりワンボックスカーでやって来た。

彼女は僕を抱き上げると助手席に乗せ、車椅子を折り畳み、後部座席にしまった。

「私の好きな江ノ島だけれど、いい?」

「Up to you!」

「OK! では、出発。」

エンヤの音楽を流しながら、車を走らせる。車のエアコンに直接あたるなんて、久しぶりのことだ。

まだ、夏休みに入っている人が少ないのか、道路は混雑もなく快適だった。

青いサマードレス。ヒマワリが咲いている涼しそうなサンダル。小麦色の腕がハンドルを楽しんでいる。

「好きな音楽は何ですか? 何をいつも聴きながら、あの日記を書いているんですか?」

「佐野元春、ボブ・ディラン、スタン・ゲッツ、ショパン。」

「ふーん、まるで、音楽のデパートですね。」

「きみは、何を聴きながら日記を読んでいるの?」

「山下達郎、ジョン・レノン、サザンオールスターズ、ラフマニノフ。」

「まるで、コンビニだ。」

「そうね、あははは。何か飲みますか? いつもの麦茶があります。」

「要らない。」

「遠慮なくどうぞ。最近、腕立て伏せをやっているんですよ。」

「マネージャーとして当然だね。」

「フフン!」

日差しが眩しい。喉も渇くさ、人間の生理だからね。

 

海岸は、結構な人出だった。

彼女は、車椅子をセットし、僕を乗せてくれた。

駐車場内は、車椅子でも移動できるが、砂浜は無理だった。

「ちょっと、待っていてください。先に荷物を置いてきます。」

ビーチサンダルに履き替えて、彼女は砂浜を走って行った。

屈託のない、明るい性格。顔に似合わず芯が強い。強い意志をもった健全な精神の持ち主だ。

「じゃ、行きましょう。」

僕を抱きあげ、砂浜を歩く。砂に足を取られながら、歯を食いしばりながら懸命にバランスをとって歩く。

ビニールシートに僕を静かに下ろす。ビーチパラソルの日影は僅かだ。今度は車椅子を取りに走っていく。

ラジカセからは、サザンオールスターズ。チャコの海岸物語。青い空と蒼い海。肌にまとわりつく潮風。

「はぁー、熱射病、ちょっと休憩。はーぁ。」

「マネージャー失格。」

「いいですよー。あのコーチに、私もしごいてもらうわ。」

彼女はビニールシートに倒れ込んだまま、息を整えていた。健康そうな背中が上下している。

ビーチボールに戯れる恋人達。浮き輪で遊ぶ子供。首をかしげて僕を見つめるカモメ。

「ビール飲んでいいですか?」

膝を抱えて、彼女が問い掛けてくる。

「遠慮無く。僕に麦茶を取ってくれる?」

「ハイ、どうぞ。じゃ、乾杯!」

「何に?」

「軽井沢ロードレースと、サロマ湖100Kmレースに!」

「乾杯。」

「Cheers!」

喉を鳴らして、ビールを飲む彼女。

「軽井沢は、9月10日でしょ? サロマ湖はいつなんですか?」

「多分、10月の最終日曜日。」

「そっちにも、マネージャーとして、参加しますね。」

「みんな喜ぶよ。それまでに、マネージャーとして一人前になってほしいもんだ。」

「もちろん! 海に入ります?」

本当に、僕の言うことを聞いていないんだ。

「無理。」

「でも、パラリンピックであなたと同じような人が、泳いでいる風景をテレビで見ましたよ。」

「お願いだから、無理を言わないでくれる? 僕とそういった特殊な人と一緒にしないで。」

「どうして? 本当にあの人たちは特殊なんですか?」

「……。」

「ふ〜ん。」

ビールを飲み、海の沖を眺める。何を考えているんだろう? 時折、悲しい目で遠くを見ることがあるのはクセ?

「僕は、別に泳ぎたくなんかないんだ。ただ、こうして海を眺めているだけでいい。」

「本当に?」

「本当に。」

「僕を苦しめないで欲しい。」

「……ごめんなさい。」

「気持ちはありがたいけれどね。時々、僕には負担に感じるんだ。なんでも僕に求めないで。僕はオリンピックの強化選手でもない、ただの障害者だからね。」

「でも、泳げたら素敵だと思って。一緒に水の中にも入ることができるでしょ。ただ、それだけです。私のわがまま。」

「きみも、泳げないんじゃなかったけ?」

「でも、そんなこと、練習するもん。昔の恋人とは一緒に入ったでんしょ……。」

「きみは、僕の昔の恋人じゃない。きみは今のままでいいんだ。比べる必要なんてない。比べることなんて意味が無い。」

膝に顔をうずめる彼女。

「そうですね。でも、少しでも役にたちたい。

少しでも早く、そう思っただけ……。」

暑い日差しが、彼女の首筋を焼く。

「ありがとう。」

「アイス買ってきます。」

ビーチサンダルを履き、砂浜を駆けていく。

止まったままのカセットテープをエンヤに替える。

“ Wild Child ”静かに、力強く、讃美歌のように、教会音楽のように流れるエンヤの声が心に染み込んでくる。

簡単に約束なんかしないで欲しい。簡単に慰めを言わないで欲しい。そう思ってずっと生きてきた。

でも、これは慰めだろうか?

約束? それとも希望?



(8)

 

「はい、アイス!」

「ありがとう。アイスが好きなんだね? 」

「えー。冬でも毎日食べているんですよ。」

「ふーん。」

「おいしいでしょ?」

「まだ、食べてない。」

「あ、そうか。早く食べてみてください。あははは。」

笑い上戸の彼女。人もつられて幸せになる笑い声と笑顔。

「アイス以外に、何が好き?」

「お漬物」

「え?」

「お漬物が好きなんですよ。変ですか?」

「いや、ちっとも。」

「あと、お風呂に入れる入浴剤にも凝っているんですよ。」

「へー」

「最近は、乳白色になるのが好き。十和田湖温泉巡りもいいかな。」

「あははは!」

「えー可笑しいかな〜?」

溶け始めたアイスに悪戦苦闘しながら、彼女も笑う。

エンヤの音楽が海岸に流れる。静かに、力強く。

彼女が微笑みながら、僕を見る。

「なに?」

「別に。」

どうして、そんなに優しい表情ができるの?

「なに?」

「なんにも。」

まとわりつく潮風。波音が大きくなる。男女の歓声があがる。

……。

「トイレに行きたいんだけれど」

「あ、はい。」

彼女は、車椅子を駐車場まで運ぶ。そして戻ってくると、こんどは僕を抱き上げ、砂浜を歩く。

ファンデーションとリンスと汗のにおい。柔らかい髪が僕の首筋にあたる。

僕を車椅子の乗せると後ろに回り、車椅子を押す。

「大丈夫。ここで、待っていて。」

男性トイレに入る。そして、また出ると彼女を呼んだ。

「だめだ。ここのトイレ、補助バーがない。」

「どうすればいいですか?」

「僕を後ろから支えて。」

「はい。」

……。

「どうもありがとう。」

「ううん、別に。まだ夕焼けには時間がありますね。」

「そんな時間までいるの?」

「夕日を見て、叫びましょうよ。」

「青春ドラマの見すぎ……。」


(上へつづく)

posted by ホーライ at 21:34| Comment(0) | e-mail | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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