目を開ける。
「何を考えているの?」
「別に、何も……。」
目を閉じる。
(どうして、好きになったんだろう。)
目が沁みる。
(……いつからだろう?)
目を開ける。優しい眼差しが見つめている。
「何を想っているの?」
「何も……。きみは?」
微笑みながら、聞く。
「別に。」
首を右に傾けながら、答える彼女。
イタズラッぽく笑っている目。
「それで、いつから?」
「いつからだろう。あるところから、っていうのは難しいよ。気がついたら好きになっていた、かな。」
頷く、彼女。
「そもそも、僕のホームページの感想をメールで送ってくれた時が予想外だった。」
「そう? 感想を書くのは義務でしょう。」
「義務ね。」
強がりで、shyでpureな彼女が笑う。
「感想を書いたので、送ったの。あのホームページに有ったメール用アイコンからね。
私にはとても自然なことだったけれど。」
僕があのホームページを立ち上げてから4ヶ月。
目を閉じる。
優しい笑顔が目に沁みる。
天使が微笑んで、僕を見ている。
彼女の言葉が心に沁みる。
ほんの気紛れから立ち上げたホームページ。
あの頃、僕は全てに飽いていた。
中途半端な仕事。大きすぎる組織。一変した環境にも体と心が拒否反応を示していた。
(ホームページを無料で作ることが出来る? 暇つぶしに、丁度いいや。何をテーマにしようか。ピンボールの起源と歴史、小説と絵画の相似、能の舞台芸術について、音楽とスポーツは両立するか、ビールの歴史、ビートルズ……。まぁ、なんでもいいや。一番、ネタが続きそうなのは、う〜ん、自分か?)
僕は、紙の日記に書くように、その日の出来事を書くことにした。
これなら、何も考える必要は無い。今日の出来事を書く。感情も批判も無しで、事実だけを書いてもいい。
6月の寝苦しい夜だった。まず、自分の生い立ちを書いた。
“ やぁー、こんにちは。今日から日記を書きます。
まず最初に何故、僕の両足が短いのかを書いておこう。
「マイサリ事件」はもう歴史の彼方に消えているよね。覚えているのは30代以上だ。この目まぐるしい社会では、3ヵ月がニュースの賞味期限。
僕が母親に宿って4ヵ月目に、彼女は不眠症になったんだ。始めての赤ん坊で気が張り詰めたんだろうね。
それで医者に言ったのさ、「眠れないので、何か薬を」ってね。
処方された薬が「マイサリ」。今じゃ、売ってない。
何故?
奇形児が生まれるからさ。
そう、それで僕がいるんだ。
これから、どこにでもいる僕の日常を書くことにした。
みんな、暇なら読んでおくれ。
今日の話題は、人事制度と身体障害者について…… ”
ホームページで日記を書き始めて1ヵ月後、メールが届いた。僕が立ち上げたホームページの読者からの「初めて」のメールだった。
「私は製薬会社に勤めています。私の会社が作っていたのが、“マイサリ”です……」
あっ、こんな名前の会社だったけ? それがfirst impression.
それから毎日一通のメールが必ず届いた。
どうして?
それが、彼女の優しさ?
とにかく、必ず、一通は届いた。たとえ彼女が二日酔いでも、だ。
「ギリギリ虫が頭の中を這いずり回っています。ところで、今週のお奨め映画は……」
お酒が飲めない僕に、二日酔いの辛さは想像できなかったが、ギリギリ虫が這いずり回っている感じは分かった。
彼女の言葉が好きだ、それがsecond impression かな?
(上へつづく)